糺日本書紀 part3

9月から始まった5回コースの遠賀教室で、その前後や途中に主催者さんには古墳や資料館、古代史にまつわる土地へ連れていっていただきまして、北部九州に王朝があったことは揺るぎない事実になりました。古代の遠賀湾って凄いですね。
それと、以前の福岡教室でアシスタントをしてくれていた女性が遠賀郡の鞍手に自宅があり、その鞍手が面白いのなんのって。

何しろ、鞍手は物部の発祥と言いますか拠点と言えばいいのか、とにかく物部だらけなんです。
そして、その物部にもいろいろな種族?があり、けっして一枚岩ではないということ。
ものすごく勉強になりました。

あと、行橋市。ここが楽しくて、古代は関門海峡ではなく行橋から船を出して瀬戸内海を航行していたんでしょうね。
で、九州王朝なんですが、歴史を覆す史実が隠されていると思います。
この史実が明らかになると宮内庁など都合の悪い連中から消されるでしょうから、さようなら。あっ、自分か。
それでもいいから命ある限り暴いてやろうじゃねえか、ってこと。

「諏訪古事記」では天武天皇にスポットを当て、日本書紀がいかにデタラメかを取り上げましたが、天智天皇についてを調べるうちに、ひょっとしたら天武天皇についてのデタラメさが微笑ましくなるほど、天智天皇についての記述が無茶苦茶なのかもしれないことに気付きました。
どれぐらい無茶苦茶かというと、怖くて口に出せないほどでして、極論になりますが天智天皇って、本当に即位していたのでしょうか?
筑紫の王様ではあったとしても、畿内の大和で即位してたかどうかは判らず、斉明天皇の子供ということもデタラメでしょうから、面白くなってまいりました。
もし傀儡天智を正当化する必要がなければ、斉明の子供にしなくてもいいはずで、実は他人なのでは?
それに、たとえ天智が即位はしていたとしても、今の県知事みたいなもので、県知事はたくさんいますから、知事としての1人でしかないわけで、本当に天皇(当時は大王)なんでしょうかね?

とはいえ古代史の答えは今日の答えですので、また明日には変わっているかもしれないですけどね。
けど天智は傀儡だ。