投稿者「数霊屋総本家」のアーカイブ

お盆の来客

ハチの散歩ついでにお墓の草抜きをして帰ったら、我が家の玄関先に玉虫(写真1・2)が来てました。なんて美しいんでしょう。

我が家は名古屋市内といえども、山や森、川や池、田んぼや畑が一番たくさんある地域なので、先月はコクワガタ君(写真3)が窓に追突してきたり、毎年夏になると目の前の空き地でホタルが飛びかってくれるんですが、玉虫は初めてで感激です。
暑すぎるからか死んでしまいましたが、しばらく眺めています。

「567」part3

「567」part1・part2では、出口王仁三郎が「567」を”ミロク(菩薩)”と読んだことから、コロナ(567)ウィルスに関連するものを書きましたが 、part3では同じく「567」でもユダヤ教に関連する内容です。
実は旧約聖書に出てくる聖人たちの年齢が、いかにも意図的なんです。
これは「ヱビス開国」の原稿を書いてる際に気が付いたんですが、
古事記や日本書紀に出てくる天皇の年齢が137歳(神武)だとか、168歳(崇神)だとか、153歳(垂仁)などとありもしない年齢が創作されてるように、旧約聖書でも同じことがおこなわれていました。
アブラハムもイサクもヤコブもヨセフ(ジョセフ)も……………

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糺日本書紀 part23

日本に仏教が伝来したとされるのは538年説と552年説がありまして、どちらかといえば538年説が有力なんですが、今回は552年説の面白いお話を。
西暦552年の日本(倭国)は欽明天皇の時代でして、仏像や経典を日本に送ったのは百済の聖王(日本では聖明王)なんです。

欽明は即位してすぐの欽明元年に都を遷しているんですが、日本書紀によれば
「都を倭国の磯城郡(しきぐん)磯城嶋(しきしま)に遷す」
とあるんですよ。
これ、おかしいと思いませんか?
例えば、令和天皇が遷都をするとした場合、都を日本の岡山に遷すって言わないでしょ。
何でわざわざ”倭国の”と入れてあるのか?
それは欽明天皇は百済からやって来た聖王その人だからでして、日本で聖王は聖明王になってます。聖王の名に欽明の”明”を入れたんでしょう。
ということは、倭国に仏像を贈ったの欽明(聖王)で、受け取ったのも欽明本人ってことです。

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252

令和2年5月2日はそのままですと「252」ですよね。

数霊辞典は「181」までしかありませんが、「252」は”ムラクモノ剣”でもあります。一般的にはアメノムラクモノ剣と呼ばれ、神話ではスサノヲと縁のある剣なんですが詳しくは省きます。

この「252」の半分が「126」になりまして、令和の天皇がちょうど第126代になるんですね、表向きには。
数霊で「126」は”日の丸”、”斎宮(いつきのみや)”、”タマユラ”、”出現”、”座標”などがあり、なかなか厳かな意味を含んだ数霊です。あと、”閏年”も「126」になりまして、ちょうど今年は閏年でした。
以上。
ちなみにですが、名前の数霊が「252」になるのは豊臣秀吉とか芥川龍之介など。

で、数霊とは関係ないんですが皆さん遠出は自粛されていらっしゃるようですね。
遠出はしなくても近所へ買い物は行くため、ステイホームというより、ステイホームセンターでした。

中国から大量のマスクが!

健太は今年の1月に中国の大連にある遼寧師範大学の国際教育学部を卒業したんですが、その大学から大量のマスクが届きました。師範大学とは日本の教育大学です。

日本ではマスクが足りてないことを知った教授が健太を気にかけて送ってくれたそうなんですが、すでに卒業して帰国した海外の生徒を案じて、わざわざマスクを150枚も送ってくれるなんてちょっと驚きですよね。
もちろん我が国の政府だっておしゃれな給食当番マスクを一家に2枚も送ってくださり、本当にありがたいですよね。
中国からのマスクは少しだけ手元に残し、あとはマスクの足りてない人たちに使っていただこうと思っているんですが、ついでに給食当番マスクも一緒に引き取ってもらえるようにお願いしてみます。
それは要らないって断られるだろうけど。