天武天皇は「天文遁甲(てんもんとんこう)」と呼ばれる占いに精通していたようです。
“天文”とは天体の動きで吉凶を占う占星術のことであり、”遁甲”は呪術の一種で戦の勝敗や農作物の出来を占う手段でして、どちらも中国から伝わってきています。
のちの陰陽師みたいですね。
さて、どうしてこんな話を持ち出したかと申しますと、もし天武天皇が信濃国を遷都先に選んだ理由(あるいは理由のひとつが)が「天文遁甲」による占いだとしたら?
そうなると残された文献などから歴史をひもとくことが困難になってしまいます。
しかし現代とは違って、古き時代は長く祭政一致で「マツリゴト」をおこなってきたでしょうから、それを推し量らずして歴史の謎に迫れるのかは難しいところです。
※「マツリゴト」とは、祭り・奉(まつ)り・祀(まつ)りだけがマツリゴトはでなく、”政”もマツリゴトと読み、祭事と政治は別々でない=祭政一致で国を治めることです。