日々是白馬村 part 5

移住前 part 3の繰り返しになりますが、ボクが生まれたのは1963年10月17日で、旧暦だと新月の9月1日になります。
ですから長野県民・白馬村民として生まれ変わる?のは新暦ではありますけど9月1日にしようと思ってました。
ところが書類の手続き等の関係からやむを得ず8月24日に村役場でさまざまな登録を済ませ、その日から白馬村民になったわけですが、8月24日は6年前に他界したカミさんの誕生日でした。

ここまでは移住前 part 3でお話しした内容です。
そして満月の8月31日に引っ越しを済ませ、実際に暮らし始めた9月1日を移住初日としているのですが、初日からナゼか“717”という数字が意識に引っかかってきて、車を停めたら両隣りのナンバーが“717”だったり、時計を見たら7時17分、買い物をしたら717円と。

車のナンバーにしろ時間にしろ、他にもたくさん見ているんですよ。ただ、気にしてないので意識に引っかからず素通りしてしまっているだけなんですが、この日はとにかく“717”ばかりでした。
ですが初日や2日目は荷物の片づけや整理が忙しく、“717”について深くは考えていなかったんです。

やがて片づけが終わり健太も名古屋へ帰ったころに“717”のことを思い出し、まず思ったことが7月17日を表しているのではということ。
7月17日は1月17日の年対称日です。
年対称日は調べてみるとなかなか意味深で、例えばアメリカ政府がやらかした自作自演のニューヨーク同時多発テロが9月11日。年対称日は3月11日になり、東日本大震災ですね。
1月17日といえば阪神淡路大震災。
白馬村は活断層の上に広がっています。
フォッサマグナの西端が糸魚川ー静岡構造線で、活断層の宝庫です。ちなみにフォッサマグナ東端は柏崎ー千葉構造線なんですが、こちらはまだはっきりしない部分があるのだとか。
それで糸魚川ー静岡構造線なんですが、白馬村でも2014年11月22日に震度5強の地震が起きていて、堀ノ内地区では大きな被害が出ました。11月22日は健太の誕生日で、その日に大好きな白馬村で大きな地震が起きことがショックでした。
白馬村の隣りの小谷(おたり)村や小川村、その向こうの鬼無里(きなさ)や戸隠では震度6弱の揺れでしたが、この地震では姫川を境に東側ばかりに被害が集中しており、川の西側(北アルプス側)ではまったくといっていいほど被害が出ませんでした。
ボクはこちらに移住する前から白馬村の活断層を記した地図や防災マップを手に入れていて、村で一番気に入ってる場所にも活断層が走っていることを知っていたので、やがては活断層の上に家を建ててやろうなんて考えてましたし、今でもまだ考えてます。
まぁそういったわけで、“717”は地震に関する警告のようなものなんだろうかと思いつつ何気なくカレンダーを見ていたら、移住初日の9月1日が旧暦だと7月17日でした。
あれれ、そうだったのか。…………ですが、それだけでは何に気付くべきなのかの意味付けができません。
それでひょっとしたらと思い、100年の暦が出ている本(写真 1)で“ある日”を調べてみました。ボクは仕事柄このような資料が手元にたくさんありまして、その“ある日”が驚きだったんです。

カミさんが生まれた1964年8月24日も旧暦で7月17日でした。
つまりカミさんは旧暦で考えた場合、白馬へ移住?してきたのがこの世に生まれた日と同じ7月17日、つまり自分の誕生日だったわけです。
そしてボクからすれば白馬村民になったのがカミさんの誕生日8月24日で、暮らし始めた9月1日は旧暦でカミさんの誕生日7月17日になりまして、これはどう考えればいいのでしょう。
ボクの移住を応援してくれていたことへの知らせなのか、あるいは年老いたハチが心配だから一緒について来ているよとのメッセージなのか、はたまたボクを常に監視しているぞとの警告なのか、お前のことはすべてお見通しだからなとの脅しなのか。くわばらくわばら。
こうなってくると、感謝していればいいのか、それとも恐れるべきなのかが判らない。
けど、ハチが心配だから見護っているってことにしておきます。
うん、そうだ、そうしよう。な、ハチ。
白馬駅の裏を散歩中のハチ(写真 2)と、

慣れてきたアパートでくつろぐハチ(写真 3)