ニュース」カテゴリーアーカイブ

「海難1890」

和歌山県の紀伊大島沖で座礁したトルコ(オスマン帝国)の軍艦エルトゥールル号の話が映画になり、本当に嬉しいです。
2014年9月に発表した「遷都高天原」はメインの舞台が飛騨の神岡とトルコでして、神岡はスーパーカミオカンデがニュートリノ振動の発見に与えられたノーベル物理学賞で注目されてますので、トルコの明るい話題が出ないかと期待していました。
そしたらノーベルウィークに合わせるようにしてこの映画が。
けど、実は期待せずして映画館に行きました。きっと低予算で短期製作のドキュメンタリー的な映画であろうと思っていたので。
ところがところが、大変失礼いたしました。映像もストーリーも芸術性も素晴らしい内容でした。
それにイラン・イラク戦争でテヘランに取り残された日本人を、トルコ政府がチャーター機を飛ばして救ってくれた話までちゃんとストーリーに入っていて…………

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古代史関連のニュースは「弥栄古代史研究室」に移行いたします。

以前「ちはやふる古代史研究会」(仮名)を名乗ったことがありましたけど、”ちはやふる”はコミック?アニメ?で流行ってるようなのでボツにしまして、他にも「まほろば古代史……」とか「あかねさす古代史……」とか「あをによし古代史……」なども考えましたが、結局は「弥栄古代史研究室」に落ち着きました。
今後、ニュースのコーナーはなるべくニュースらしい内容のニュースにします。
コンビニで「クリーム玄米ブラン カカオちょっぴり大人のビター味」を買ったら美味しかった、とか…………にはならないと思いますけど。

「諏訪古事記 番外編その6」

雪のちらつく諏訪の奥山
切り倒されたモミの大木
いよよ来たりし厳しき冬も
春を想いて耐えしのぶ

雪溶け新緑めぶく春
ミハシラ山出し難所越え
諏訪の氏子の血が騒ぎ
いよよ祭りの幕が開く

皐月の空に木遣りが響き
モミの大木 社に曳かれ
そろそろここらでお別れだ
いよよミハシラここに建つ

雪のちらつく諏訪の奥山には来年の御柱祭用のミハシラが、すでに切り出されています。
上社(前宮・本宮)の場合、今回のミハシラは辰野町の国有林から切り出すため今も辰野の山の中にあり、そして下社(春宮・秋宮)は棚木場(たなこば)と呼ばれる曳行開始の場所に。
間近で見るとデカいです。
※写真1:下社の御柱群。
※下社2:秋宮一之御柱がやはり一番の迫力あり。

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「遷都信濃国 vol.30」

このコーナーは天武天皇がナゼ陪都先に信濃を選んだのかを追求することが目的でしたが、その答えとしては優秀な馬の確保、それに天文遁甲や陰陽五行によって個人的に導き出したであろうことが主な理由との結論に達したため、主流を「諏訪古事記」に移しました。
ただし、東国(関東や東北方面)への拠点として信濃を陪都先に選んだことも主な理由のひとつならば、今後の古代史の解明次第では面白い展開になるかもしれません。

とはいえ天武天皇への追求はそのまま続いておりまして、それは「天武天皇って誰?」という超根本的な疑問です。
日本書紀に書かれているような、天武は天智の弟という話なんぞはハナッから信じちゃいませんけど、だったら天武の正体は?
☆高句麗の蓋蘇文説
☆新羅の金多遂説
☆古人大兄皇子説
☆漢皇子説
☆その他諸説

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「諏訪古事記 番外編その5」

仕事以外では頭の中がほとんど諏訪なので、スーパーでレジ待ちをしているとき後ろに並んでいる客同士の会話が聞こえてきて、白髪のおじさんが発した
“そうなんですわ”
の一言に身体がピクッと反応して無意識に振り返ってしまった。びっくりしま諏訪。

土偶「縄文のヴィーナス」や「仮面の女神」が発見された茅野市は縄文遺跡の宝庫ですので、地元の研究家に案内をお願いしました。
それで、尖石考古博物館の館長さんや学芸員さんを紹介してもらいに博物館へ行ったら、学芸員さんは以前にもいろいろ説明してくださった男性でした。
改めて話を伺うとこの学芸員氏が面白かったので、縄文土器のモチーフになっている蛇についてお聞きしました。
「土器の蛇は何を意味しているんですか?」って。

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「諏訪古事記 その8」

中世の諏訪はなかなか壮絶だっようで、上社の諏訪家も下社の金刺家も武士として力を誇示していた時代があり、鎌倉幕府滅亡前は北条家と共に戦ったり、室町幕府が成立すると反足利の諏訪家は南朝に従ったりで、縄文や弥生から受け継がれてきたミシャグチ神やソソウ神への信仰はその時代どうなっていたのでしょうか?
諏訪明神が武神として崇められたために、祭祀を司って神を自身に宿す立場の大祝(おおはふり)までもが戦いに明け暮れた結果、諏訪家も金刺家もまるで寺侍のようになってしまったわけです。
はたしてそんな時代も御柱は建て替えられていたのかハナハダ疑問があります。
御柱祭は1200年の歴史を持つといわれていますが、そのあたりはどうなんでしょう。

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「諏訪古事記 その7」

昨日「番外編その4」で中ッ原(なかっぱら)遺跡に復元された八本の柱(写真1)を取り上げたところ、今朝の中日新聞一面に琵琶湖の湖底で見つかった八本の柱の写真が出てました。
諏訪の御柱祭も上社(前宮・本宮)と下社(春宮・秋宮)でそれぞれ八本ずつ建てますので、これからは八本の柱が流行るのでしょうか。

2008年2月26日に琵琶湖で「日之本開闢祭り」をおこないました。
数霊でも”日之本開闢”はちょうど「226」になりますし。
それで当時、琵琶湖は女性性で諏訪湖は男性性と考えていましたので、2月26日の年対称日に当たる8月26日に諏訪湖でも「和睦の祭典」をおこなったわけです。
そしたらその日は諏訪大社でも御射山祭の初日でちょうど良かったです。

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「諏訪古事記 番外編その4」

若かりしころから慢性的な「長野県中毒症(半年以上長野県内へ行かないと激しい禁断症状に苦しむ病気)」が続く上に、最近はウイルス性の「御柱(おんばしら)バカ」という病いを患っているため、神戸・奈良・富山・福井の仕事を無理やり一週間に詰め込み、翌日の早朝から諏訪へ。
今回泊まるホテルは茅野駅前にして、駅周辺の居酒屋で地元の氏子さんを探してみることにします。

けどその前に、ここのところ車の中で聴きっぱなしのCDがあり、「氏子の御柱」というタイトルで、”氏子の御柱制作委員会”から出ています。
曲は
“氏子の御柱~上社編~”
“氏子の御柱~下社編~”
“御柱”
の3曲で、クレジット・タイトルには歌っているのが葦木美咲…………えっ、美咲さんなの!

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「諏訪古事記 その6」

主流を「遷都信濃国」から「諏訪古事記」へ移して最初のテーマが
“タケミナカタは実在した人物なのでしょうか?”
でした。

2009年に発表した「弥栄三次元」ではタケミナカタと美保関のミホススミとヱビス神を結びつけた物語にしましたが、元はといえば諏訪とエジプトのアスワンの関係(天地大神祭=2008年)からでした。
そして次作「ヱビス開国」(2010年)へとつながって舞台はイスラエルのエルサレムになり、そのままの流れで「時空間日和」(2011年)の戸隠へと展開したわけです。
さらに戸隠からトルコのタガーマ・ハラン(高天原)やアララト山へ発展(遷都高天原=2013年)し、そこで完了のはずが、またまたトルコの女神が諏訪へと。
なので諏訪やタケミナカタは原点であり、今のところは到達点でもあるわけです。
ところが……………

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「諏訪古事記 その5」

最近は御柱(おんばしら)のことばかり考えているので、道路沿いの電柱まで御柱に見えてしまいます。
数にすると
“オンバシラ”は「125」で、”開闢(かいびゃく)”などと同じですが、なんと”守屋山”も「125」になりまして、2016年は「125」がキーナンバーかもしれません。
“ミハシラ”ですと「117」になり、”ありがとう”とか”誕生”ですね。

けど今回は諏訪の元神とも言うべきミシャグチ神と、それを祀る守矢氏についてを。
諏訪大社本宮から前宮へ向かう途中で、茅野市に入るとすぐに神長守矢資料館はあります。
神長は”じんちょう”と読み、かつて諏訪氏が大祝(おおはふり・おおほうり)だったころ、諏訪氏を補佐する五氏(五官祝)の筆頭が神長または神長官と呼ばれ、守矢家がそれにあたります。

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